1月10日:五十嵐太郎先生レクチャー最終回

| | Comments (0) | TrackBacks (0)
1月10日に行われた五十嵐太郎先生のレクチャー最終回のレポート。タイトルは「始まりのケンチク(後半)―00年代の建築」です。

前回95年を始点として、2000年前後までに建築界に何がおこったかを語っていただいた。オウムと震災によってデコンとポストモダンが事実上終焉し、その後の世界をどのように捉え、乗り越えていくのかという模索する動きが続いていったのが、95年以降の建築の流れであったと捉えることができるだう。今回は2001年の911を出発点に、五十嵐太郎が00年代の建築の状況をどのように捉えているのか、またそこから現在的な問題として立ち上がってくる問いを掬い上げていく。

以下内容です。 
1、日本の状況と世界の状況がずれてきている
グローバリズムによって世界中に、ZahaやF.O.Gehryらのアイコン建築が立ち並ぶ。ドバイ、中国、ロシア....世界の勝ち組建築家は、わかりやすいキャラを重視され、スタイルの反復が求められる。
しかし、日本の一番エッジが表現しようとするのは、そのような形態上のイメージにあるのではなく、非常に繊細で細やかな操作や空間感覚に主眼がおかれる。それは、石上純也や、ナノレベルで空間やモノを考える中村竜二に極端に表されるている。世界を席巻するアイコン建築と日本のエッジにある繊細な感覚。五十嵐にとってそれは、単純にどちらがいいと言い切れないジレンマを抱かせる、「違い」として現れてくるという。

2、オルタナティブモダン
2004年五十嵐さんも関わった連続レクチャーが『オルタナティブモダン』というタイトルで開催された。ここで意図されたのは、モダニズムに対する修辞学的アプローチを取ったポストモダニズムに対し、モダニズムの起源に戻り、そこから別の可能性を追求していると現代(特にこの時レクチャーを行った伊東豊雄、青木淳、西沢立衛、藤本壮介)を捉え直そうというものだった。多くの人が指摘しているように初期モダニズムは多様な可能性と性格をはらんだ実験的なものであった。その後、いくつかの亜流を切りすて、インターナショナルスタイルへと収斂させていくという発展の過程を示す。

3、装飾・・・技術と芸術の統合
ここで、五十嵐さんは04年の連続レクチャーとは少し離れ、アールヌーボーというのをそのモダニズムの亜流としてとりあげ、1900年パリと2000年東京を繋げストーリーを紡いでいく。

*装飾の復権・・・1900年パリと2000年東京が交差する。
(ex:ギマールのパリの地下鉄駅と渡辺誠さん飯田橋駅)
19世紀のリバイバリズムにあって、建築家は過去の様式の戯れにその芸術性を見いだしていた一方で、鉄、ガラス、コンクリートといった新しい技術が生まれていく。それがエッフェル塔や水晶宮といった新しい建築を技術者の側から実現させ時代を切り開いていくことになる。技術としての建築と、芸術としての「建築」が分裂していた。それに対しアールヌーボーは、装飾的な表現を用いるが、それは新しい技術と芸術を統合するものであった。鉄の持つ可塑性と、鋳型をもちいた反復性をもって可能になった表現・・・。

それに対して五十嵐さんがパラレルな状況として示すのは90年代後半。建築は情報技術の発展についていくことが出来ず、「建築は消滅する」というような議論までなされるようになっていった。実際そうはならなかったが、技術と芸術の分離がかなり進んでいた状況にあった。そしてそれを乗り越えて、再び装飾によって技術と芸術が統合された形で現れてくるのが00年代始めの状況であり、その後装飾的なレベルから、建築そのものへと統合のレベルが進んでいく。ここにも、技術によってオルタナティブモダンが現れてきているのではないかと、五十嵐さんのストーリーは展開してく。

4、耐震偽装事件による建築家へのダメージ
00年代を語る上で、実際的な問題として最も影響力のある事件はやはり耐震偽装事件でると五十嵐さん。五十嵐さんが危惧するように、様々な法改正によってアトリエ系の建築家が活躍する機会が奪われ、世界的に評価も高い日本の建築の状況が消えてしまう危機にある。個人で活動する建築家を排除する方向性は既定路線だった感はあるものの、事件をきっかけに急激に進んでいったのだという。これは、アメリカ型の社会に近づいているということとも言え、パッケージデザインとしての建築家しか求められなくなる社会の到来を意味する。60年代くらいまで非常に優れた建築家を排出して北アメリカがそれ以降、若手が現れてこないことなどを考えると、日本でも若手の活躍の場が無くなっていく事が危惧される。

5、世界は網の目のように絡まっている。
五十嵐さんが著書『建築と戦争』で提示したように、9.11の背後にあるのは単純な2項対立ではない。建築というのをキーにしてみるとそこには複雑に絡まり合ったグローバリズムの様相が見えてくるという。WTCの設計者であるミノルヤマサキ、ビンラディン、実行犯のモハメド・アタが建築を介して繋がっていくストーリーが、00年代の世界の背景を明らかにしてくれる。

以上5つの建築を巡る00年代のストーリーは、五十嵐さんから提示された、現在形の問題にたいして、議論を始めて行くための参照点であった。
この後の討議の時間には、参加者それぞれが、みずからの関心専門領域に引き寄せつつ質問を行い、特に建築家が社会に対して積極的に関与していこうとしないことへの危機感や問題が議論された。


これで五十嵐さんの5回に及ぶレクチャーは幕を閉じる。
今回の連続レクチャーをQuerycruiseにちなみ一つのクルーズにみたてるなら、私たちは五十嵐太郎という舩に乗りそこから建築という世界を見ていくと同時に、特にここ10年の間、つねに流れの中にありながら、独自の物語を作り出す感性をもって未知の領域を切り開きつつ、同時にいくつもの渦を発生させてきた五十嵐太郎の舵取り感覚を、じっくりと体験するものだったと思われる。この思考的というよりは身体的な経験は―ライブで五十嵐太郎の言葉に触れつづけ、建築ラジオの収録という現場も体験したことによって―今後自分で流れの中を進んでいくうえで、確かな力になるに違いない。

受講生のみなさん、そして五十嵐先生ありがとうございました。
次回のQuery cruiseもよろしくお願いします。

RAD/K

0 TrackBacks

Listed below are links to blogs that reference this entry: 1月10日:五十嵐太郎先生レクチャー最終回.

TrackBack URL for this entry: http://radlab.info/movabletype/cgi-bin/mt-tb.cgi/30

Leave a comment

About this Entry

This page contains a single entry by admin published on January 21, 2009 12:49 PM.

PAPER DESK jan 09 配信 was the previous entry in this blog.

1月17日:大屋雄裕先生レクチャー3回目 is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Powered by Movable Type 4.01