Volume#5 Power FAQ
権力に関して頻繁に尋ねられる質問
ボリューム(Volume)
なぜヴォリューム5号はイメージの分野を取り扱うのでしょうか?
ボリューム(Volume)
なぜヴォリューム5号はイメージの分野を取り扱うのでしょうか?
権力は常にイメージに巻き込まれ、それなしでは考えることさえできないが、権力なるものはそれらイメージのどこにも見られない。決してだ。権力は特定の行動というよりもむしろ行為への潜在力であるため、権力それ自体は不可視なのだ。このつかみどころのない性格はその力の源である。権力を学ぶためには異なった見方が必要だ—より微妙な兆しをさがし、より広いイメージ領野のモザイクを精査するという具合に。最も強大な力は表面上些細な効果を通して稼動するのである。
なぜ初老の男性のイメージが多く登場するのですか?
この号は権力の初期設定に注目する。挑まれ得る設定、挑まれねばならない設定、そして現在挑まれている設定に。
なにがこれらのイメージを結びつけているのでしょうか?
不安だ。強力な者の表情やボディランゲージは何も明らかにしない。権力を仮定するためには、それを引き立たせなければならないのだ―イス、髪型、スーツ、銀、セット、スローガン、印章、系譜を使って―その全てを使って。この号は権力への標準的なアクセサリーカタログである。それぞれは特定の不安を取り扱おうとしている。すべての権力の象徴は不安の象徴に等しい。
建物に何が起きたのでしょうか?
権力と建築、という問は大抵権威をモニュメント化するような建物や都市計画と関わっている。事実、建築は伝統的に権力を可視化する最上の方法とされている。しかしそれは大抵ベールとしてはたらくのだ。建築の権力を考え始めるために、建物と都市はしばらくの間写真の切り抜きとならねばならない。一見たいしたことのないディテールへとクローズアップすることによって、権力の力学へと新たな種の感覚が生まれるだろうし、ヴォリューム7巻と来るべきボリューム・イベントにおいてさらに視野を広げる前に、ボリューム6巻において建物群を新たな観点から見ることができるのだ。
ボリュームが権力について取り上げるのは5、6、7号が最後になりますか?
ノー。わたしたちはまたこの問いに返ってくるだろう。何度も何度も。今のところの狙いは、権力の建築的研究が執拗に追求しなければならない方向感覚を与えるために、大抵は平凡な西洋的な諸例の1セットを精査することである。
権力という問題にきまりの悪さを感じます。正常なことでしょうか?
イエス。どんな建物にも包含されている幅広い社会的物質的資源のことを考えると、権力についてのちょっとした専門家になることによってしか強力な建築家になることはできないが、最も力のあるデザイナーは彼らの仕事と権力とを直接的には関係付けられないはずだ。デザイナーは、その主題をまるごと避けることによって権力の最も限定されたイメージをエネルギッシュに補強してきた。その一方で、私たちを取り巻く世界はその他のことについてほとんど語らない。それは決まりの悪いことかもしれない、でもそれを無視するのはもっときまりの悪いことだろう。
権力にはどうやって向き合うことができるでしょうか?
目を開くことによって。権力はひとつのイメージ、ひとりの人、ひとつの制度、ひとつの規制、あるいはひとつの出来事によっているわけではない。それは常に風景のいたるところに広がっている。権力は、新たな種の風景デザインへと驚くほど開かれた風景効果なのだ。
その仕事はあまりにも大きすぎるのではないでしょうか?
権力の問題を取り扱うことは新たな重責を想定することを直接的には意味しない。それどころか、たくさんの不要な荷重が除かれる。権力の問題は、潔白たれという建築家の職業的責任によってその荷を降ろされるため、あらゆるもののなかで最も機敏なもののひとつとなるかもしれない。
もしデザイナーが権力についての素朴さを日常的に装っているのだとしたら、彼らは権力を学ぶに当たってどのような立場を取るのでしょうか?
権力は人工物だ。デザインされたと言う意味ではどんなオブジェとも同じである。そして日常的でもある。権力は上から下へと流れていくのではない。建築家は被害者ではないのだ。彼らはどのような点においても権力の動力にアクセスすることができる―それを得るなり、諦めるなり、理解するなり、だめにするなり、それを変えるなりして。より接近して私たちが自らを取り巻く日常世界を読み込むにつれ、権力の技術、効果、そして結果への理解により近づくようになる。そしてクローズアップすればするほど、私たちは自らが権力に晒されているだけでなく、私たちがそのまさに様態と器機であることをより多く発見するのである。私たちは権力を考える。私たちは権力を運ぶ。だから権力のデザインを読みそしてデザインの権力を読むことによって自ら備えておくべきである。自らの身分を知るというリスクを取らねばならない。
権力は平凡なものでしょうか?
イエス。権力を神秘化すること、それはすでに権力に屈服することだ。
下訳/さかきばら
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