Volume#7 Exploding Practice

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激増する実践
エドウィン・ガードナー

 
定義は、用語や概念の実践に社会一般の合意を見つけようとするもの、つまり制度、委員会、そして辞書といったものによって決められ、そして実践は専門家らによって決められる。彼らは固定された定義には興味がないが、用語の使用における終わりなき可能性に関心がある。ただその実践の中でも、「オリジナルな実践」であると主張される実践、つまりその分野の用語を「正しい」意味で使用する特権を与えられた正当な後継者に関しては話が変わる。このオリジナルな実践というものは、その定義が誤用されるとき常に無礼を覚えるのであり、ゆえにそのギルドや制度と共に誤用に立ち向かうのである。

 
どのようにして建築という領域が打ち立てられ、形作られ、構成されているのだろうか? この問いはさまざまに言い直されうるが、合意には決して至らないであろう。建築はディベロッパーや土建業者らに割り込まれ、建築用語や概念を彼ら自身の用法であやつり主張する建設産業外のあらゆる実践によって食い物にされている領域だ。建築という領域の定義は「古い」内側と新しく常に変化する外側との折衝によって決まる。その内側が、ビッグマネーの、不動産の、そして政治の暴力を締め出す根拠を守る黄金の鳥籠をその分野を取り囲むようにして打ち建てる一方、その外側は領域の境界線を外側へと押し広げんとする、建築のための概念を発展させている。ただそうした主導権の中には、建築の制度的な黄金の鳥籠の格子と、領域の新しい地平との間にある溝に橋を架けようとする。それは分野固有の知識と、いまだ「建築」としてとらえられあるいは売られているものの外側との間を行ったり来たりしているのだ。建築の近隣や重複する分野の「デザイン」を見ていると、イギリスにあるデザインカウンシルによって設立されたリサーチと発展のチーム「RED」が素晴らしい例となってくれそうだ。デザイン領域の限界について考えるとき、彼らはチャールズ・イームズが「デザインの境界線とは何か?」という質問に対してなした答えを引く。曰く「問題の境界線とはなにか?」と。

「21世紀最初の10年間(中略)私たちは二つの重要な転換を経験している。まずひとつは、デザインスキルが適応されているところにおいての転換。もう一つはデザインをなしている人においての転換である。」デザインの舞台は転換しており、REDによれば、これは最近数年のあいだに問題の性質がいかに変化したかということに多く関係しているのだ。「伝統的に、問題はより小さな塊へと分類することによって解決されうる、複雑に絡み合った諸課題として見られている(中略)最も重要な現代的問題は「込み入っている」というよりは「複合的」なのだ。複合的な問題は本質的により散逸していて、より不明瞭である。それらは他の問題にも多く関連しており、予期できない非=直線的方法によって反応しやすく、思ってもみなかった帰結を生み出しやすい。」私たちの世界の制度や企業のほとんどは、今だ複合的な世界というよりは込み入った世界のために組織されている。マネジメントコンサルタントも、ポリシーメーカーも、シンクタンクも、そしてリサーチレポートも込み入ったものとしての世界へとアプローチする。デザインアプローチは複合的世界に協調し、よりよく整備されているのだ。込み入った世界を代表する者が欠いているものとは「ユーザー」の視点から物事を見る能力である。REDはユーザー中心主義的デザインアプローチを以下三つの核となるスキルにまとめている。

 
1)「デザイナーは、ユーザーのパースペクティヴから特定の経験を理解するために、ある種の質的なデザインリサーチツールを使用する(中略)これらのリサーチ方法はいかなる量的あるいは客観的リサーチの「真理」を生み出さんとするものではなく、むしろインスピレーションや利用可能な洞察を与えようとするものである。」

 
2)「デザイナーは問題やアイデアを目に見えるようにする。それは複合的な情報の視覚的な感覚を作り出すためのフレームワークをつくることによって、そして他者と進行中の仕事を共有するために即座にアイデアをスケッチすることによって、それをなす。実体のないコンセプトを目に見えるようにすることによって、ディスカッションのための共通プラットフォームが作り出されるし、誤解が避けられ、そして共有されたヴィジョンを打ち立てるのが容易になる。」

 
3)「デザイナーは実物を建てるために素材へ手をつける前に、小さなモックアップやプロトタイプを建てる事によって「試しにやってみる」ことを好む。ビジネスの観点から見ると、これはよいリスクマネジメント技術である。関わりは小さく、学ぶものは多い。初期に過てば成功は早いのだ。」

 
これらのスキルがどのように行動に移されるのかが、ヘルスケアからサプライチェーンロジスティックに至る諸問題を伝える4つのプロジェクトによって描き出される。デザインの舞台における転換に加え、デザイナーなる創造的な専門的技術者が脱神化される。デザインプロセスはオープンプロセスであり、専門家、プロフェッション、そしてエンドユーザーは共同デザイナーなのだ。デザインスキルの多くは容易に学び得るものであって、排他的な才能としての創造性を捨て、向上し得る能力としてのそれを奨励する。これは、彼の伝統的なスキルが脱神化されより一般的になった時に、デザイナーの専門的技術がどうあるのかという問題と共に、デザイナーの作者性なる概念に疑問を呈する。
 
 
建築という分野の再デザインも似たようなものだ。私たちがユーザーを招き入れ、私たちのデザイン諸問題の境界線を押し広げられるような方法で、諸定義、教条、そして慣習をうまくさばいていこう。そしてイームズの問題を再び自らに問いかけよう。建築の境界線は私たちの現代的問題の境界線を包含するほど十全に一般的なのだろうか、と。
 
 
 
下訳/さかきばら

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