Volume#19 Architecture of Hope

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希望の建築
エージェン・オースターマン (Arjen Oosterman)
 
 
ヴォリューム19号のためのデザインミーティングで私たちは、この特集では希望を表現しなければならないと話した。そのことは挑戦だというのは、幾分ありきたりな返答で、それに対して次号は全体が白黒で出版されることが決まる。虹色も無ければ、目を楽しませるものも無し、混沌とした日常的なマルチカラー、驚くべきイメージの猛襲をともなう畏怖、ショックもない。代わって物語へ戻ろう。私たちは戦後の時期から、魅力的で期待できるモノクロのイメージへの暗黙の参照を考え続けているのだろうか。おそらく結局のところ、現在私たちは、過去に彼らが行なったようには、私たちの社会や未来を再評価できていないだろう。
 
 
福祉的社会の建設は、今や凋落しつつある西洋社会において重要な戦後プログラムだった。現在(生産/消費と経済という)2重のシステムの崩壊は、今一度再び、どのようなプログラムとパースペクティブが考案されるかを指し示している。経済的、社会的、政治的次元において、彼らは無限性というコンセプトの中で啓蒙され近代化されたプロジェクトを達成していた。(そのコンセプトは、建築と都市発展における空間的無限性をともなって十分に働いていた。しかしながら、空間は不可分で、たかだか一時的に局所化され特異化されていた。)現在の課題は、地球との繋がりを伴った空間体験と混同にすること無しに、境界と無限というコンセプトを操ることにある。(国境、領土的限界、地理的な?)


現在の危機を単なる一時的なものとみる傾向や、「それとうまく付き合えるまで隠れておこう」と言うこと はすばらしい。しかしながら日に日にそれは難しくなってきている。古いアイデアとパースペクティブはもはや役に立たない。これは重要な挑戦であり、最初の 一歩は見いだされないといけないが、私たちは自らのコミュニケーションの道筋をも維持しなければならない。しかし、どのようにしてそれがなされるのか?例 えば、何が希望の表現となりうるのか?実際のところ、政治はなすべき事を知っている。深刻な報告書にくらべて、しっかりとした計測と気休め話のコンビネー ションが、有権者を納得させ、向上のために一生懸命働き、そこにこそかすかな希望があると信じさせる。
 
 
その間に、私たちは今や聴くことが出来なくなっている(もしくは実際誰も聞こうとはしない)。しかし「yes we can」 は非常に効果的だった。意気消沈した国民に動機を与えることにおいて。怒りやフラストレーションの抑圧は、異なった政治的議題の同意を得るために効果的に 使われてきたし、怒りは前向きで、創造的なエネルギーをつくり出すために用いられてきた。それがポテンシャルだ。不平をいうな、相違を指摘するな、潜在的 相違を前に置くことをやめろ。リスクと危険を図るのをやめて、荷物を担いで動き出せ。
 
 
すべての複雑で難しいアメリカ人は今こそ放棄しなければならない。政治的ルールは別として、政治的課題 は明らかだ。豊かさの物語というぼろ布、もしくはより世俗的な「それぞれが自分の城をもちそして2−4台の車を(帽子掛けのそばにラ イフル)もつ」ことは過ぎ去り、崩壊している。古典的なアメリカ人の夢は再整備されなければならない。郊外は持続しないだろう。何がおこるかは ますます不明瞭になっている。サステナブルな何か・・・しかしそれは何を意味してるのだろうか?ヨーロッパの人々のアドバイスは“集約”ということだ。しか しアメリカ人の答えは十分異なった方向を指示することが出来る。さらに一層開放された個別の世帯、電動式の移動手段と組み合わされてそれぞれの住居はそれ 自身エネルギープラントになる。古くさい「西へ向かへ」という教義は、近代的、中クラス、フリーサイズデザインへと再パッケージされる。それは世界的なス ケールにおいて起こりそうも無いが、アメリカがやり遂げることは可能かもしれない。
 
 
より強く述べると、そうする事の必要性は今までよりもさらに切迫している。現在の危機は、世界的な政府投資による蓄積を生み出してい る。そしてこの実質的な部分は、建設に使われている。そこには建築家と都市計画の役割があると結論付けよう。そこには未だ新しいモデルを生み出し、可能性を見いだすことができる。奇妙に思 えるかもしれないが、誰かの気を引けた計画を提示できれば、それを実現できるとみなせるよい機会なのだ。夢のような高層建築の生産はおそらく深刻な遅延を 経験するだろう。しかし、住み、働き、そして余暇が確実に関係づけられているフレキシブルで統合的な都市計画を提供することが出来るものにとっては追い風なのである。今ならできる!
 
 
4年前に、ヴォリュームは ‘project to go beyond architecture’(建築を超えるためのプロジェクト)として始まった。その時には私たちは何を意味してい るのかを分かっていなかった。しかし今では必然なものとなってきた。 数々の試みと脱線の後に、ヴォ リューム14号で私たちが呼ぶ所のUnsolicited Architectureを発表した。それは、社会的問いかけと(不)可能性がクライアントの特定の要求よりむし ろ中心的である所に置けるリサーチとデザインの実践なのである。それは注文の減少によって事務局にたいして自分自身で仕事をつくりださなと行けなくなった という理由(forcing bureaus)だけでなく、しかしまたサーカスとしての建築に伴う退屈さが、他の種の実践のための居 場所(Room)を生み出してきたという理由において、しばしの間この事のもっともらしさは増加してい くだろう。
 
 
14号以降の特集は、今日的 で中心的な用語をリサーチしてき た。例えばソーシャルエンジニアリングというひどく嫌われているようなものの意味と潜在性について。また、全ての他のコンテンツマネジメントシステムとい う状況においても作動するそれとして、建築を存在させるための事物の構想を明らかにしてきた。私たちはまたサステナビリティーの技術的諸問題を無視するた めの切迫した要求を、社会的で定性的な潜在性と限界性へと向けた。
 
 
そして、この特集では私たちは真剣にテーマの独自性を持ったデザインのかかわりを思考する。共通の敵と戦う事の影響の結果によって、悪 い時代には相違は弱まる。しかし、恐れがそらされたように見えるやいなや、古い悪魔的不一致がふと頭をよぎる。
 
 
私たちの実践がそうであるように、この特集もまたコラボレイティブなプロジェクトである。今回はチューリッヒ芸術大学の1部門であるthe Swiss Design2contextと一緒に行なっている。D2Cはここ数年間旺盛に活動している。彼らはコミュニケーションの発達という現代的実践を調査する“多様性と視覚的アイデンティティ”プログラムを行なってい る。アイデンティティの創造は彼らの中心的関心 となっている。建築内部でのアイデンティティについての議論はおそらく古びてしまった、がしかしまたそれとは違った特性のものが行なわれている。
 
 
ロバート・ベンチューリの‘main street is almost alright’は、国際的モダニズムによって認可されたアイデンティティよりも、その他の表現やアイデ ンティティへ空間を向かわせた。スタイルの拡散と表現への行き過ぎた注視へと建築の実践はその後そそのかされていった。そして ‘personal’, ‘collective’ and ‘common’ということを実質的に考え抜く 事を忘れてしまった。ベンチューリはこの事でとがめられるこはない。彼の介入は事実間違った木を罵ったのだった。人々が焦点をあわせるのを助けること は、(認識能力の)相違を生み出すことにいたらせる。フレキシブルな都市構造の提供は都市計画をテーマとアイデンティティという規範へと低下させる。
 
 
コミュニケーションデザインは、主として断片化し漠然とした目標集団(多文化社会)と、コ ミュニケーション戦略をだれのデザインが最も認識されやすいロゴなのかというコンテストへの割引という問題に取り組んでいる。ゆえに建築と都市計画は強制 的に問題のある小グループを無毒にし、建設プログラムでもって社会的緊張を解き、都市、地域性、国家の単一性を見覚えのある解答へと変化させる(それはロ ゴ主義の形成としてみる事も出来る。)現在それらは原理的に修復し再整理されているのに違いなく、デザインにとってアイデンティティや差異が意味する事を はっきりとさせることが、著しく重要である。
 
 
同様に重要な事は、建築家とデザイナーが、共有化された理想と個人的理想の間にある新しい 関係性の発展にたいする責任を受け入れることだ。実際のところ、それは古きボトムアップとトップダウンの値打ちの問題なんだ。それは私たちが伝え、差し出し、集合的に決定する事、そして私たち自身がなす事である。
 
 
 
下訳/川勝

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