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2011.11.29
Continue reading RT|Articles in volume and its translation.
相関性のデザイン
エージェン・オースターマン
20年ほど前、建築雑誌は「完成したばかり」のプロジェクトを下見してもらったり、内覧したり、写真を見てもらったりする機会への招待にまみれていた。10年くらい前になると、コンペに勝った提案についてのプレスリリースが情報欄にどんどん加えられるようになった。ちょっと前には特別なお知らせが出回るようになった。コンペへの提案それ自体さえパブリシティのチャンスとなったのだ。「今朝8:30に事務所をスタートさせました。新しい朝が私たちの目の前に広がり、期待に胸溢れています」みたいなことをプレスリリースが伝えるようになるまでは時間の問題と思われるかもしれない。パブリシティ、イコール、経済。おそらくそれはいまだにそうだ。でも名刺代わりのプロジェクトが、つまりはっきりと「誰々の」と認識しうる仕事が必然的に新たな業務を直接引っ張ってきたりするわけじゃない。もうそういう風にはなっていないことを私たちは知っている。大抵の西欧諸国でそうじゃないし、多くの事務所だって然り。90年代後期、縮小というものが興味深い都市現象、すなわち建築家というプロフェッションにとっての新たな挑戦として発見された。今日このテーマは最も予期しないかたちでそのプロフェッションに降りかかっている。クライアントがいない。ほんとにいないのだ。
これはどこにでも当てはまる現象じゃない。アジアではどでかいデザインタスクやら建設仕事やらを向こう数十年抱えている。ラテンアメリカだって、その先に横たわっているものがアジアが直面しているものとは比較にならないにせよ、まだ終わっちゃいない。それからアフリカ。そう、アフリカ。ちょっと付け加えておくと、デザインに対する需要と機会は十分ある。これが西洋になると、主に既存のストックをどう生かすかが問題となっている、んじゃないか? 社会における変化は新たな働き方や来るべきデザインにとっての新たな領域を示唆してくれる。
Continue reading Volume#28 Correlation Designing.
国境を越える空間
Regina Bittner, Wilfried Hackenbroich, Kai Vockler
※以下は「volume」誌の第3号に掲載された「Transnational Spaces」という記事の一部です。全訳です。
第6期「Bauhaus Kolleg」は、アーバン・メトロポリスにおける国境を越える空間の発展に着目している。このプログラムが焦点化しているのは、グローバリゼーションという現象がローカルな形の適応を引き起こしているという特定の空間的布置である。
これらの地域やそこでの進展は今日の都市や建築の計画にとって重要な場となっている。経済や金融、国際的な移動、グローバルメディア、そしてコミュニケーションネットワークの越境は、すべて文化的、経済的、そして社会的な活動がもはやローカリティに制限されていないような都市のコアにおける国境を越える空間の発生につながっている。ここでは、人々、商品、情報、そしてシンボルが移動していくことの強化や成長が最も分かりやすい。ローカリティが「フローの空間」へととけ込んでいくプロセスとしてのグローバリゼーションという考え方に対して、このプログラムは国境を越える諸々のネットワーク相互の関連、特定の空間に集まってくるローカルな実践、地域を越えた実践、そして国境を越えた実践の交わりを探究していく。こうした場の中で、日常的実践は固定化された国境線から切り離され、国境を越える社会的空間へと発展する。近隣やコミュニティという伝統的な考え方では、こうした現象はうまく説明できない。多様な地理学的地域のなかにある社会的生の現実は、こうしたネットワーク内で生まれ、新たな形のハイブリッドを生み出すのだ。国境を越える空間は、ローカリティとグローバリゼーションとの間の変化した空間的相互関係を研究するための情報に溢れた場なのだ。新たな、そしてはっきりとは明らかにしづらい関係性が生まれてくるごとに —空間と社会との間に、また物理的環境と社会的行為との間に— これは建築や都市計画のための新たな課題を提示する。これらは特定の場所やその直接的な文脈にはほとんど関係がなく、むしろその地域を越える連関のなかで場が持つ機能に関係しているのだ。
Continue reading Volume#3 Transnational Space.
ブロードキャスティング・アーキテクチャー:C-LABケースファイル
Jeffrey Inaba, Felicity D. Scott, Nadar Vossoughia
とりわけ学術機関においてアウトプットの激化が起こっている。建築スクールはいままでにないほど多くのタイトルを活字にしている。そうした活動への支援によって、そうでなければ日の目を見なかっただろう幅の広い学術的で実験的な資料が出回るようになった。1990年代後半には量の点での最高値をたたき出す。建築の出版全体、それからアメリカの学校が出資した出版の件数は新記録を打ち出し、それが結果ピークとなった(「Avery Index」や「American Publishing System」を参照)。いまだ上がり続けている唯一のものはその請求額くらいだ。「リサーチライブラリ組織 the Association of Research Libraries」、「アメリカ大学組織 the Association of American Universities」、そして「ピュー高等教育ラウンドテーブル the Pew Higher Education Roundtable」によって支援された研究によれば、この十年間に出版された学術誌一般の値はUS消費者物価指数の三倍の率、そして医療費増加率の二倍の率で増加している。言い換えれば、やたら高い値段でかなりの量の印刷物が供給されているということだ。現在私たちが経験している冷却期間は小休止を与えてくれる。だから考えよう。出版は知識を一般に入手可能にするためのメディアとして使われ続けるべきだろうか? 出版が滅びることはないだろう。でもそれは私たちが知識を伝えるほぼ唯一の手段なのだろうか? 建築スクールにとって出版は意義深いコミュニケーションと同等だ、と言うことができるのだろうか?
慣習的な常識としてはこうくるだろうか。メインストリーム・ブロードキャスティングの内容にはうんざりだ、と。価値ある受け取り手へと届けるために、その「産業」は「電波」を狭め、それを望む人口統計学上のニッチな関心に焦点を絞ったパッケージングをカスタマイズをする。ナローキャスティング、つまり特定の人たちへと伝達することは、建築という領域が得意とすることだ。でも、私たちは「自らのアイデア・マーケットを浸透させているのだ」ということを自身の熱心な読者たちへとうまく伝えられるのだろうか? メインストリームとなっているメディア社会を一瞥してみると、こうしたことが示唆される。私たちが自身のニッチを過剰在庫させる一方、自由市場では建築が安売りされている、と。
Continue reading Volume#03 The C-LAB case file on Broadcasting Architecture.
闘争と受容
エージェン・オースターマン
2007年、金融恐慌が世界を激烈に襲ったとき、どこでも見られた反応は混じりっけなしの驚きだった。数十億、数兆ドルがこんなスピードで消えていくのかと思うと興味すら覚えるほどだ。二度と元には戻らない、と専門家は警告していたけれど、一般的な予測は、そのうち正常に回復するだろう、というものだった。私たちが生きるスペクタクル社会において、私たちは急な社会変化の昂奮に慣れている。私たちはこうしたイベントに対して、マジックを見ているかのように反応する。最初、マジシャンはあなたが見ているすべてがありふれたものであり日常のものであって、タネも仕掛けもないことを見せる。それから、彼はオーディエンスに想像もつかないことでもってびっくりさせる。そして聴衆がいまだその昂奮と戦っているとき、そして深く不安を感じているとき、正常な秩序をとりもどす —見て、何も変わってないよ、と。これは私たちが好むリアリティの理解だ。よいショー。ということで、ビジネスの話に戻ろう。
私たち自身の状況を理解するために有効な他のリアリティモデルがある。管理モデルだ。地域的な人口減少、海水面の上昇、といった具合に問題は浮かび上がる —そういう種類のものごとは、ということだけど。それは伝えられるべきであり、解決されるべきでもある。だれかがそれをしないといけない、でもそれは私の関心事ではない。政府か自治体はこの責任をとらないんだろうか? 私は税金を払っているわけだし。しかもどうあったってそれは私の手の届く範囲の話じゃない。
Continue reading Volume#27 Fight and Accept.
出版の実践
マイケル・クーボ
ここには、10のケーススタディについて、1910年から2010年までそれらが与えた影響とその後の生がグラフィックタイムラインにまとめられている。それぞれの出版物に関して、このタイムラインは「ビフォーアフター」を見せてくれる。ここで言う「ビフォー」とは、書籍のコンセプトやデザインに対する影響、同じ(あるいは異なった)書き手によるそれ以前の出版物、そして以前の出版物に見る他のフォーマット、モックアップ、そして主要なイメージソースのことであり、「アフター」というのは、同じ著者によってその後に出版されたもの、(しばしば長い時間をかけて書籍の役割が変化していく結果として)異なった目的のために書籍内容を再検討したり再出版したりすること、そして/あるいは同じ素材を後の仕事に使い回すことを指す。それぞれの出版物は、書籍の問題を通して、特定の影響を生み出すために、これら主要な資源や影響を凝縮し加工する仲介手段としてふるまうのである。
前世紀を通じてなされてきた建築の実践を考えたとき、建築家による出版は外せない。建築がそれのみにおいて自身の言説を生み出すように、書籍の言説もしばしば建築家によって、(自らの)プロジェクトが成立し、受容され、そして理解される関係空間を枠づけるために使用されてきた。先の世紀に最も目立った建築家は多産の出版者でもあったわけだ。著者、雑誌やジャーナルの編集者、はたまた出版プロデューサーのような人やその他流通チャンネルにいる人いろいろといるが、その出版形式としてはモノグラフ、マニフェスト、歴史、パンフレット、台本、そしてカタログなどがある。こうした建築家の中にはデザインプロセスそれ自体を、編集やキュレーションのひとつとしてとらえる人もいる。いくつかの事例は、建築的領域の枠内で行われたそれ以後の実践を伝える他の編集的実践、例えば、ジャーナリズム、スクリプトライティング、そしてフィルムメイキングにおける過去の背景によって支えられている。その分野的なアジェンダは、実践に直接インパクトを与えるだろう学問形態を生み出すと目される—関係分野において歴史家として訓練されてきた—有能な批評家によっても影響を与えられてきた。
Continue reading Volume#22 Publishing Practices.
オン・ザ・ムーン
エージェン・オースターマン
いまだかつて人が月に足を踏み入れたことはない。と、いまだに信じている者もいるにはいる。そういう人はショックを受けて(きっとまた受けることになる)いることだろう。この世紀が終わるまでに、新たな月面着陸のミッションでは、月をより精密に探究するよう基地を打ち立てての長期滞在が予定されている。月への定住はもはや絵空事なんかではなく、世界中の科学者の間でその調査や発展にとって焦点化さるべき次なるステップだととらえられている。「そこにたどり着くこと」はいまだ課題であるが、「そこに滞在すること」がより大きな問題となっている。探究や開拓の目的地として、あるいは主にハブとして、月は「次の停留所」なのだ。
月に関する特集を組んでみないか、と同僚に話したとき、彼はこう返した。「もう地球に問題は残ってないってこと?」彼はこう聞こうとしたのかも。「月ってもう時代遅れじゃない? いまはどっちかっていうと火星じゃないか?」と。じゃあ後者の方から考えてみよう。この特集をどうするかという数週間の決定期間のうちに、新聞は、モスクワで行われた520日にわたる火星ミッション試験について、新しい「NASA Mars-rover」(2011年に打ち上げられる)の試験について、そして今年の終わりに国際宇宙ステーションへ送られる予定のヒューマノイドロボット「Robonaut2」について、伝えていた。それは、地球外への定住やディープスペーストラベルに関わるR&Dが現在行われている、という、氷山のより報道価値のある一角でしかなかった。そう、宇宙旅行のゴールはシフトしたのだ。でも、私たちがそのゴールに到達しようとすれば、どのみち月へ行くことになるだろう。ここで前者の方に戻って考えてみると、その答えは「ノー」となる。私たちは地球上の問題に事欠いたわけでも、それに飽きたわけでもない。建築の試験は潜在力(と弱点)を発見するよい方法だ。だから私たちの定義における人類活動の中の建築という領域を含み込むことは、興味深く、そればかりか重要なことであるとさえ考えている。もう一度含み込むべきだ、というべきか。
Continue reading Volume#25 On the Moon.
PEACE FIGHT
エージェン・オースターマン
哲学者でなくたって、「平和は闘争だ」ということくらい分かる。さらに一歩進めてこう言う人もいる。「平和は戦争だ」と。戦争と平和は対立するものであり、共生するものでもある。だからこう思わせもする。「戦争のない世界なんてあり得るんだろうか」と。他にもっとポジティブな言い方がないかと思うが、例えば平和は戦争の不在と定義されるとしたら、戦争は平和にとって不可欠な構成要素ということになる。
幸運にも建築家はこの難問を解かなくていい。なぜなら彼らはよき目的のために頑張るからだ。つまり、手助けとなるためにいる、ということだ。建築は何か有益なものを与え、状況をよくするものだとされている。違う? 問題がどこかにある、そしてそれは簡単に解けるものじゃない。ときに、こうした社会的役割は建築において割と最近展開されたものである、ということを思い出してみるといいだろう。19世紀の中頃まで、建築の公共的な役割はひとつのコミュニケーションだった。個人の、あるいは、ある党派の立場を伝え、確認し、あるいは確立する、という具合に。もし建築が公共領域や広い意味での社会へと与えられるとしたら、それはギフト、つまり親切さだとか慈善だとかのデモンストレーションだった。それはヒエラルキー的、政治的なものであって、良心からくるものじゃなかったのだ。
Continue reading Volume#26 PEACE FIGHT.
YES, BUT
ジェフリー・イナバとエリザベス・クラスナーによるヴィニー・マースへのインタビュー
建築家はほとんど無意識のうちに最新の技術現象に引きつけられる。ちょうど彼らがネットワーク社会を歓迎したときのように。と、このような分野的に広くセレブレートされている反応とは対照的に、MVRDVの共同設立者であるヴィニー・マースはここ数年間ポスト地理学的状況が都市デザインにどんな意味合いをもたらすのか思考している。彼は自身の事務所やシンクタンク「WHY FACTORY」を通して着想を得た、新しい都市計画のプロトコルを背景にしたネットワーク社会理論を調査している。マースはこの未来のアーバニズムを本質的な一般参加型のものとして描いており、その共同体は、一つの共有された理想に沿ってコミットするグループというよりは、都市の関心が集まった総和である。彼は非献身的な「もし〜ならば WHAT IF」世代を打開し、協力的で何にでも疑問をもつ「うん、だけど YES, BUT」的姿勢を受け入れることを目指している。
---
イナバ
建築家はネットワーク社会という観念をすっかり受け入れ、それと同時に、物理的地理学は現在的都市のいくつかあるレジスタ(記録されたもの?)のひとつであるという考えを受け入れてきました。その変遷を年代順に整理しているのみならず、都市のメタデータ処理技術に関わる者として、あなたは「ポスト地理学的」都市が存在しうる地点に私たちは到達していると言えるでしょうか? パワフルなコンピュータ技術は、建築家が都市の設計に使用することができる道具や方法論へとどんな影響を与えるのでしょうか?
ジェフリー・イナバとエリザベス・クラスナーによるヴィニー・マースへのインタビュー
建築家はほとんど無意識のうちに最新の技術現象に引きつけられる。ちょうど彼らがネットワーク社会を歓迎したときのように。と、このような分野的に広くセレブレートされている反応とは対照的に、MVRDVの共同設立者であるヴィニー・マースはここ数年間ポスト地理学的状況が都市デザインにどんな意味合いをもたらすのか思考している。彼は自身の事務所やシンクタンク「WHY FACTORY」を通して着想を得た、新しい都市計画のプロトコルを背景にしたネットワーク社会理論を調査している。マースはこの未来のアーバニズムを本質的な一般参加型のものとして描いており、その共同体は、一つの共有された理想に沿ってコミットするグループというよりは、都市の関心が集まった総和である。彼は非献身的な「もし〜ならば WHAT IF」世代を打開し、協力的で何にでも疑問をもつ「うん、だけど YES, BUT」的姿勢を受け入れることを目指している。
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イナバ
建築家はネットワーク社会という観念をすっかり受け入れ、それと同時に、物理的地理学は現在的都市のいくつかあるレジスタ(記録されたもの?)のひとつであるという考えを受け入れてきました。その変遷を年代順に整理しているのみならず、都市のメタデータ処理技術に関わる者として、あなたは「ポスト地理学的」都市が存在しうる地点に私たちは到達していると言えるでしょうか? パワフルなコンピュータ技術は、建築家が都市の設計に使用することができる道具や方法論へとどんな影響を与えるのでしょうか?
Continue reading Volume#24 YES, BUT.
ニューロポリティックス
C-Lab
1960年代のあからさまな政治的あり方をとる自己表現とは異なって、LSDへの関心を表明することは、既存の信条との整合性を必ずしも明確にすることなく、各々の個人的な政治を示唆し得る。LSDの服用は、社会的慣習やそれに対応する精神状態にも、抵抗の規範や政治的な反抗にも規定されないものとして、人の主観性と身体とに対するひとつの権利を確立することなのだ。それは自律性の表明—ティモシー・レアリーが言うところの、自分の脳をコントロールせんとする欲望—だったのだ。LSD使用の政治的場面は、統御への服従に対する有効な拒絶にある。つまり仕事場、核家族、教育機関、あるいは軍隊といった様々な規制に従属しない精神的な生を実験的に追求することにあった。レアリー流に言うとLSDというのは精神と社会的秩序との根本的に異なった関係を生み出すプロセスの「再プログラム」手段だったのだ。
レアリーはこの関係性を「ニューロポリティックス」と呼ぶ。この語は以下のような彼の考えを言い表している。曰く、政治的問題は脳化学に基礎を置く集団心理学的問題に従って解明され得る、と。この化学を変化させることは政治的関係性を変えるための第一歩であった。LSDの使用はイデオロギー的な抵抗とは異なった形式のそれであり、これまでのような政治運動を意図的に避ける。レアリーはこれを「社会ゲーム」のまた別の形としてしか見ておらず、エスタブリッシュメントにとってのオルタナティヴを提供するにはあまりにも権威主義的だと考えていた。唯一のオルタナティヴはというと、政治的変化の外的表現へと至らざるをえない内的変容のプロセスだ。レアリーはこのように書いている。同僚の心理学提唱者アラン・ワッツにとって自己の内的活動は本質的にゲリラ的なものあった、と。彼はワッツの仕事を「神経システムの政治 —「外の」政治と同じくらい複雑で同じくらい重要な」と言い表している。ワッツの仕事に対するレアリーの評価は「幻覚剤の使用を型破りな政治として仮定する」というものであり、そこでは主観性の再プログラミングは政治活動の前提条件になっていた。
C-Lab
1960年代のあからさまな政治的あり方をとる自己表現とは異なって、LSDへの関心を表明することは、既存の信条との整合性を必ずしも明確にすることなく、各々の個人的な政治を示唆し得る。LSDの服用は、社会的慣習やそれに対応する精神状態にも、抵抗の規範や政治的な反抗にも規定されないものとして、人の主観性と身体とに対するひとつの権利を確立することなのだ。それは自律性の表明—ティモシー・レアリーが言うところの、自分の脳をコントロールせんとする欲望—だったのだ。LSD使用の政治的場面は、統御への服従に対する有効な拒絶にある。つまり仕事場、核家族、教育機関、あるいは軍隊といった様々な規制に従属しない精神的な生を実験的に追求することにあった。レアリー流に言うとLSDというのは精神と社会的秩序との根本的に異なった関係を生み出すプロセスの「再プログラム」手段だったのだ。
レアリーはこの関係性を「ニューロポリティックス」と呼ぶ。この語は以下のような彼の考えを言い表している。曰く、政治的問題は脳化学に基礎を置く集団心理学的問題に従って解明され得る、と。この化学を変化させることは政治的関係性を変えるための第一歩であった。LSDの使用はイデオロギー的な抵抗とは異なった形式のそれであり、これまでのような政治運動を意図的に避ける。レアリーはこれを「社会ゲーム」のまた別の形としてしか見ておらず、エスタブリッシュメントにとってのオルタナティヴを提供するにはあまりにも権威主義的だと考えていた。唯一のオルタナティヴはというと、政治的変化の外的表現へと至らざるをえない内的変容のプロセスだ。レアリーはこのように書いている。同僚の心理学提唱者アラン・ワッツにとって自己の内的活動は本質的にゲリラ的なものあった、と。彼はワッツの仕事を「神経システムの政治 —「外の」政治と同じくらい複雑で同じくらい重要な」と言い表している。ワッツの仕事に対するレアリーの評価は「幻覚剤の使用を型破りな政治として仮定する」というものであり、そこでは主観性の再プログラミングは政治活動の前提条件になっていた。
Continue reading Volume#24 Neuropolitics.

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